日本にいた時、いろんなおしゃれなデパートに行きました。よく行くのはやはり池袋のパルコ別館です。パルコ別館はデパートです。
パルコ別館はパルコ本館と大きな違いがあります。一つは館内店のスタイルで、もう一つは別館のニコニコ本社です。パルコ本館はほとんどオフィスレイディや成熟的な服やカバンの店だけど、別館はもっとおしゃれ、バンガードな店がたくさんあります。いろんなファッションスタイルに合わせて、浴衣からロリタまでの服があります。例えば、179/WG、RNA MEDIA、MEDI STORE、ふりふなどのブランドがあります。可愛くて、値段も若い人でも買えます。ニコ動の歌い手さんと踊り手さん達はよくパルコ別館でライブの服を買いたり、限定アクセサリーを予約したりします。
おしゃれな洋服店だけではなく、パルコ別館に、もっと特別なところがあるという。それは地下一階のニコニコ本社です。ここで、ニコニコ生放送やイベントを見られるし、時々参加できます。ニコニコ生放送の上、ニコカフェもあります。ニコカフェはよく人気なゲームやアニメとコラボしていて、特別な食事をできて、限定的なプレゼントももらえます。
最後に、パルコ別館の中に、アニメのショップもたくさんあります。エヴァンゲリオン、黒子のバスケ、またはいろんな乙女ゲームの商品があります。まるで日本ポップカルチャーの集中地です。
パルコ別館は私一番好きなデパートと言えるでしょう。いつか日本に戻ったら、行きます!
私の国、中国には、「全国普通高等学校入学試験」(通称「高考」)という大学入学試験は一年一回しかありません。高考の成績は大学へ進学の第一標準です。13億人口の中で、大学に進学するため、毎年全国何百万人の学生がこの試験をとります。全国教育委員会によると、2014年には950万の中国学生が高考に参加しました。これは、経済や工業の高速発展に伴い、大きい人口から”頭いい人材”を選ぶ一番速い方法です。”中国の大学入学試験の難易度は世界一とも言われるのは、人口の多さによる激しい競争の産物です。”
中国で、一番大きな教育問題は受験戦争と言えます。けれども表面は受験戦争で、私が見る限り、実際はもっと深い、差別文化の問題があります。一つは個性差別であり、もう一つは浪人差別です。
体大、美大、音大は専門大学で、それ以外の大学は通称一般大学です。高考の点数だけを参考するのは一般大学の主流です。 芸術や体育などの特長を発展したい学生の場合は、特長生になり、高考の上、専門試験をとり、高考の成績があまり高くなくても、美大や体大などの専門大学に入れます。でも体育音楽美術を専攻する学生の未来や仕事が不確実で、 親達は子ともを一般高校と一般大学にはいれさせたくありません。そこで、いくら一つの特長が上手でも、親と先生らに「いい仕事をするため、一般大学に行って」、「趣味はいいだけど、真面目すべきこととちゃんと分別して」と言われます。一般大学に進学するため自分の趣味を諦めることが仕方ないと考える人も多いです。今や、教育局と大学は「個性ある学生は未来がある。体育や美術などの特長を持つべき、全面的な人材になろう」というスローガンを宣伝しているが、一般大学の先生は成績以外参考しません。多くの人にとって、専門大学はいい一般大学に入れない時の選択、つまり、バックアップです。「頭いい学生は特長をするのは無駄使い。特長生は成績が悪い、勉強だめな人間」と考える学生も親も先生も大勢です。学校は成績がいい学生と特長生を違うクラスに入らせたり、いい先生を成績がいい学生のクラスだけに行かせたりしています。むしろ学校や親達は子供の個性を殺しており、特長に対して差別しています。宣伝スローガンと違い、現実は残酷です。これは、個性差別だと言います。
一年一回の試験なので、チャンスは一年一回しかない。一度失敗して、大学に入らないことで、大学に入りたいなら、浪人になる。けれども、中国には、浪人になる学生は少ないです。主な原因は自分より年下の同級生と社会からの皮肉です。浪人になった学生は、なかなかクラスの一部分を感じられません。浪人の学生は「年上なのに、もう一度学校に戻り、カッコ悪い」と感じます。新しいクラスの学生達も浪人を別人類のよう見ています。そして親達も会社の同僚や親戚が自分の子供のことを比較させられてしまいます。これは、浪人差別です。そこで、入学試験を失敗し、大学にもう入れなくても、来年試験をもう一度とる学生はほとんどいません。「決して浪人にならない」こうのような決心を持つ受験生は、常人が想像できないプレッシャーを一人で背負い、数百万人の競争者と必死に戦っています。この受験はおそらく、多くの人にとって、一年一回ではなく、一生一回のチャンスでしょう。
なぜこのような状況になりましたか。個性差別も浪人差別も教育制度硬直化の原因です。スローガンが素晴らしそうが、実際大学進学の標準は成績しかありません 。「成績が能力を判断する初めな一歩」という思想はもう伝統になってしまいました。そして、人材多様性が必要の現代社会には、制度をきちんと変えなければいけません。また、高校の教育資源を合理的に分配するのも個性差別を減少できるでしょう。この差別文化と制度硬直化を根本的に解決する日までは未だほど遠いと思います。
私の国、中国には、「全国普通高等学校入学試験」(通称「高考」)という試験は一年一回しかない。試験の考査科目は学生の文理分科による差異がある。文科生は国語、数学、英語以外に、文科総合(政史地)の試験をとる。一方、文科生に対して、理科生は理科総合(化物生)の試験をとる。高考だけではなく、高校二年の最後、学生は学力水平試験をとらなくては卒業できない。高考と違い、後者は文科生も理科生も、語数英政史地化物生、9科目を全部勉強しなければならないことである。”中国の大学入学試験の難易度は世界一とも言われるのは、人口の多さによる激しい競争の産物である。”
中国で、一番大きな教育問題は受験戦争と言える。けれども表面は受験戦争で、私が見る限り、実際はもっと深い、差別文化の問題がある。一つは個性差別であり、もう一つは浪人差別である。
”特長生?あいつらと遊ばないで。だってあいつらは全然勉強していないし。”
13億人口の中で、大学に進学するため、毎年全国何百万人の学生がこの試験をとる。全国教育委員会によると、2014年には950万の中国学生が高考に参加した。これは、経済や工業の高速発展に伴い、大きい人口から”頭いい人材”を選ぶ一番速い方法である。高考の点数だけを参考するのは一般大学の主流である。そこで、いくら一つの特長が上手でも、親と先生らに「進学にとって必要ない。時間を無駄に使わないで」、「趣味はいいだけど、真面目すべきこととちゃんと分別して」と言われる。一般大学に進学するため自分の趣味を諦めることが仕方ないと考える人も多い。今や、教育局は「体育や美術などの特長を持つべき、全面的な人材になろう」、大学も「個性ある学生は未来がある」と宣伝しておりが、一般大学(体大、美大、音大以外の大学は通称一般大学)に進学するため、特長や個性などのは必要ではない。もし芸術や体育などの特長を発展したいなら、特長生になり、高考の上、専門試験をとり、高考の成績があまり高くなくても、美大や体大などの専門大学に入れる。しかし、多くの学校と親達にとって、専門大学はいい一般大学に入れない時の選択、つまり、バックアップである。「頭いい学生は特長をするのは無駄使い。特長生は成績が悪い、勉強だめな人間」と考える学生も親も先生も大勢である。学校は成績がいい学生と特長生を違うクラスに入らせたり、いい先生を成績がいい学生のクラスだけに行かせたりしている。むしろ学校や親達は子供の個性を殺しており、特長に対して差別している。宣伝スローガンと違い、現実は残酷である。これは、個性差別だと言われている。
”浪人になった学生は負け犬だ”
一年一回しかない試験だため、チャンスも一年一回しかない。一度失敗して、大学に入らないことで、大学に入りたいなら、浪人になる。けれども、中国には、浪人になる学生は少ない。主な原因は自分より年下の同級生と社会からの皮肉である。浪人になった学生は、なかなかクラスの一部分を感じられない。浪人の学生は「年上なのに、もう一度学校に戻り、カッコ悪い」と感じている。新しいクラスの学生達も浪人を別人類のよう見ている。そして親達も会社の同僚や親戚が自分の子供のことを比較させられてしまう。これは、浪人差別である。そこで、入学試験を失敗し、大学にもう入れなくても、来年試験をもう一度とる学生はほとんどいない。「決して浪人にならない」こうのような決心を持つ受験生は、常人が想像できないプレッシャーを一人で背負い、数百万人の競争者と必死に戦っている。この受験はおそらく、多くの人にとって、一年一回ではなく、一生一回のチャンスであろう。
なぜこのような状況になったのか。個性差別も浪人差別も教育制度硬直化の原因である。スローガンが素晴らしそうが、実際大学進学の標準は成績しかない。50年以来、無数な人は伝統的な進学標準に通じて社会に入った。「成績が能力を判断する初めな一歩」という思想はもう文化、または伝統になった。根本的に問題を解決したいなら、おそらくスローガンをきちんと実践にしなくてはいけない。また、高校の教育資源を合理的に分配するのも個性差別を減少できるであろう。この差別文化と制度硬直化を根本的に解決する日までは未だほど遠いと思っている。
東アジア、現代、文化、文学、政治、音楽、メディア、言語といった、勉強したいことが多すぎるが、どれでも続けたい。
ロスで大学一年と二年が通過した。「ロスの天気がいいね。人も情熱し、住むと気分がいいしー。」最初私はそう思った。しかし、車が運転することが怖いと思っている私は、友達の車、あるいはタクシーを乗ないと、LAでどこにも行けない。二年の時、友達とバンドを作ったが、毎度練習する時、バンドのメンーバーは遠いところから車を運転して、集まって、不便だったから、練習もなかなか進展できなかった。だから、一年と二年の時、普段学校の近くで遊んだり、食べたりしたものだ。そして、遅くなると外は危なくなるから、私はいつも自分の寮に早く帰った。でも、交通の不便にもかかわらず、大学一年と二年の勉強と生活はとっても充実で、楽しかった。
大学三年の時、日本に交換留学をしに行った。
毎日日本語や文化のクラスの後はサークルと友達の時間だ。日本で同じ音楽ジャンル傾向があるバンドがたくさん見つかった。同じ趣味を持つ人と話して、友達になって、どんな幸せなことであろう。たくさんのバンドと音楽人とコラボして、毎月一回ぐらいライブをした(๑>•̀๑)✌ 週一回新宿や渋谷のスタジオで練習して、練習終わった後居酒屋で飲み会をして、ボーカルオンリーのカラオケをして。。遅くでも電車があるし、街も安全。安心だけではなく、おもうさまに遊べていた。
そして、毎月一回ぐらい音楽ユニットの友達と一緒にディズニーランドや面白いイヴェントに行ったり、シームカフェで限定商品を買い物をしたりした。最後の最後、7月末、日本で出会った友達と浴衣を着て、浅草の花火大会に行った。
楽しい時間は速すぎで、8月に離れる時、この一年間はまるで一瞬の夢だと覚えた。つい大学四年生になってしまった。一週間前アメリカに戻ってきたが、なかなか慣れない。時々自分に「一体どんな人生が欲しい」と言う質問を聞く。この質問の答えはこれから私一人で探していく。
(っ*ˊωˋ*c)♡
初めての日本語ブログです。よろしくお願いいたします!
正式な記事じゃないですけどw
自己紹介もよく分からなくて、どうすればいいかなぁー
じゃあまず私が参加した音楽プロジェクトを見てくださいませんか(ΦωΦ)フフフフフフフフフフフフ
このビデオは去年ネットで歌う友達と一緒にしたコラボでござる(๑•̀ㅂ•́)و✧ 原曲はhalyosyさんが作曲したBlessingとう言う曲です。
私達の気持ちが伝えたいですー
音楽は国境がありません。
世界が平和でありますように。
そして、君に幸あれ。
ご視聴誠にありがとうございます。
(´,,•ω•,,`)♡

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