私の国、中国には、「全国普通高等学校入学試験」(通称「高考」)という大学入学試験は一年一回しかありません。高考の成績は大学へ進学の第一標準です。13億人口の中で、大学に進学するため、毎年全国何百万人の学生がこの試験をとります。全国教育委員会によると、2014年には950万の中国学生が高考に参加しました。これは、経済や工業の高速発展に伴い、大きい人口から”頭いい人材”を選ぶ一番速い方法です。”中国の大学入学試験の難易度は世界一とも言われるのは、人口の多さによる激しい競争の産物です。”
中国で、一番大きな教育問題は受験戦争と言えます。けれども表面は受験戦争で、私が見る限り、実際はもっと深い、差別文化の問題があります。一つは個性差別であり、もう一つは浪人差別です。
体大、美大、音大は専門大学で、それ以外の大学は通称一般大学です。高考の点数だけを参考するのは一般大学の主流です。 芸術や体育などの特長を発展したい学生の場合は、特長生になり、高考の上、専門試験をとり、高考の成績があまり高くなくても、美大や体大などの専門大学に入れます。でも体育音楽美術を専攻する学生の未来や仕事が不確実で、 親達は子ともを一般高校と一般大学にはいれさせたくありません。そこで、いくら一つの特長が上手でも、親と先生らに「いい仕事をするため、一般大学に行って」、「趣味はいいだけど、真面目すべきこととちゃんと分別して」と言われます。一般大学に進学するため自分の趣味を諦めることが仕方ないと考える人も多いです。今や、教育局と大学は「個性ある学生は未来がある。体育や美術などの特長を持つべき、全面的な人材になろう」というスローガンを宣伝しているが、一般大学の先生は成績以外参考しません。多くの人にとって、専門大学はいい一般大学に入れない時の選択、つまり、バックアップです。「頭いい学生は特長をするのは無駄使い。特長生は成績が悪い、勉強だめな人間」と考える学生も親も先生も大勢です。学校は成績がいい学生と特長生を違うクラスに入らせたり、いい先生を成績がいい学生のクラスだけに行かせたりしています。むしろ学校や親達は子供の個性を殺しており、特長に対して差別しています。宣伝スローガンと違い、現実は残酷です。これは、個性差別だと言います。
一年一回の試験なので、チャンスは一年一回しかない。一度失敗して、大学に入らないことで、大学に入りたいなら、浪人になる。けれども、中国には、浪人になる学生は少ないです。主な原因は自分より年下の同級生と社会からの皮肉です。浪人になった学生は、なかなかクラスの一部分を感じられません。浪人の学生は「年上なのに、もう一度学校に戻り、カッコ悪い」と感じます。新しいクラスの学生達も浪人を別人類のよう見ています。そして親達も会社の同僚や親戚が自分の子供のことを比較させられてしまいます。これは、浪人差別です。そこで、入学試験を失敗し、大学にもう入れなくても、来年試験をもう一度とる学生はほとんどいません。「決して浪人にならない」こうのような決心を持つ受験生は、常人が想像できないプレッシャーを一人で背負い、数百万人の競争者と必死に戦っています。この受験はおそらく、多くの人にとって、一年一回ではなく、一生一回のチャンスでしょう。
なぜこのような状況になりましたか。個性差別も浪人差別も教育制度硬直化の原因です。スローガンが素晴らしそうが、実際大学進学の標準は成績しかありません 。「成績が能力を判断する初めな一歩」という思想はもう伝統になってしまいました。そして、人材多様性が必要の現代社会には、制度をきちんと変えなければいけません。また、高校の教育資源を合理的に分配するのも個性差別を減少できるでしょう。この差別文化と制度硬直化を根本的に解決する日までは未だほど遠いと思います。

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